ヒカリナはゆく〜古代縄文・レムリア・神話・カタカムナ〜

宇宙の法則。気づき・学び。神・心・真理。

ニギハヤヒ(饒速日命)とムーンの新月に。

カタカムナで日読みから。

太陽暦 1月13日=14→5 一十三十四五

「根源から出る 広がり 核・重要なもの 伝わるもの・陰」

旧暦 12月1日=13→4 十二一十三四

「留まる・止まる 根源から出る 広がり 新しい・陽」

月暦 5月29日=34→7 五二十九三十四七

「伝わるもの・陰 エネルギー・気 空間・抜ける 調和」

 

1月13日・12月1日・5月29日

ヒム・ルヒ・イキ=61 六十一

 

「61」の数霊と同じ言霊がある。それは、「ニギハヤヒ饒速日命)」である。

そして、もう一つ同じ言霊がある。それは、「ムーン(月)」である。

日本語はもともと、ひらがなやカタカナである音が主流の文字をつかっていた。音一つ一つに意味があった。それを中国から伝わった漢字へと当てて使い始めた。

漢字を取り入れたあとも、今は英語などの西洋の言葉も当てて使うようになった。

「和の国」とは、他国の言葉も調和させ使う民なんだなと感じる。

 

話を戻して、ニギハヤヒ饒速日命)は、日本書紀古事記に出てくる。実は、初めての天皇となられた「神武天皇」と交わるストーリーだ。

 

2人はどちらも天照大神の子孫であった。そして、私の好きなつながりはコノハナサクヤ姫(木花咲耶姫命)だ。2人のおおばば様のような方だから。

 

ニギハヤヒ饒速日命)は、今だと少しだけ宇宙から来た人にも思えちゃう。なぜなら、天磐船(あめのいわふね)に乗って天から降りてきたから。宇宙飛行士の逆バージョンかな。

そして、「ムーン」の数霊は61と同じ。ムーンといってわからない今の日本人は少ない。なぜ「ツキ(月)<数霊73>」ではなく、「ムーン」和製英語になったのか。これも物語のごとく、ひらがなカタカナから始まり漢字、和製英語となった時空間の流れとも重なってきてしまう。

 

それも、神話のストーリーのトキを読むとわかるような気がした。

最初は、天照大神月読命神武天皇饒速日命

重なって見えるのだ。気のせいかな。

 

今日は新月だね。太陽に照らされる月は光を地上へとかえし、闇(病み)を照らす光。

太古の人の目には、光の届かぬ新月はどう映っていたのだろう。

きっと、私たちと変わらない。暗くて怖かったかも。今と同じ。

 

けれど、わかって少しだけ怖くなくなったよ。この世に誕生する前の子宮の中の赤ちゃんのように、命はそっと育っているってこと。

 

私たちの内なる闇(病み)へと光が届き、新しいトキへ。

 

ありがとう。