ヒカリナはゆく〜古代縄文・レムリア・神話・カタカムナ〜

宇宙の法則。気づき・学び。神・心・真理。

泣き虫の勇者。

今日もカタカムナ思念読みで日読みから、

太陽暦 12月10日=22→4

「留まる・止まる統合の芽が縁・外側。それは、新しい・陽」

旧暦 10月26日=36→9

「統合の芽分かれて、引き受ける。それは、転がり入り出る発信放射」

月暦 4月24日=28→10→1

「新しい・陽を消失する遮り・差。それは、統合の芽が根源から出る」

 

星読みも勉強していて楽しい。自分の世界には、いつも「なぜ人は生きているのだろう?」とか、「私とは何なのだろう?」など、答えのはっきり出ないような答えを求め続けている。それは、大人になって、哲学・宗教・心理学等々の、精神的な学びの分野があることを知った。やっとこの学びが私を導くものだろうと確信的なものが湧いている。

 

それは、飽きっぽい私に続けることを教えてくれた。毎日書いたりできる優等生ではないけれど。1年間ブログを閉じることもなく、のんびり進んできた。まだまだいけそうな気さえするのが不思議。

カタカムナ」には心から感謝している。いまだに勉強不足ではあるものの、吉野信子氏が作ってくれた「カタカムナ思念」のおかげで、毎日が変わったことは確かである。

 

好奇心旺盛の私にとって、「ヨ 4 新しい・陽」は、必要なエネルギーなのかもしれない。いっぽいっぽ地を進む動物もいれば、風に乗って空を飛ぶ動物もいる。人間はこの世の全ての動物たちの真理をすでに持っている。ただ、バランスは人それぞれ傾きがあったりして、得意・不得意と思うのはそれなんだ。

 

道具は使える人になったら道具となる。私もみんなも、すでに持ってる道具がある。あまりに簡単に使えちゃうから、気付くことができなくて、道具を磨くことも、もっと上手く良く使うこともできなかったんだ。

 

ただ、「気づく」だけでもっと使えるようになる。「気づくこと」それが一番、大変だった。けれど、一つだけヒントを見つけた。

 

「気になったら、あとで必ずわかる」。

 

一歩先が読めない今、何が正しくて何が間違っててなんてわからなくなる。ただ命があり、生きている。生き続けられる。だから、自分の「気」がベースなんだ。

 

 

星読みで、陰陽を最初に読み解くのだけれど、カタカムナ古事記ホツマツタヱの古典を、ワクワクして学んだせいか、すっと入ってくる。

「なぜ私は生きているのだろう?」

その答えは、もう少し先の時空間でわかるはずなんだ。 

 

今の天空の流れは、

「男性宮・陽の宮」にあり、行動モードは「活動宮」快活に、心理タイプは「直観・火のエレメント」でエネルギッシュに先を見通す力。

感受性がこんなにも見えないものたちと相性がいいなんて思ってもいなかった。実生活で苦しいことがあるたびに、感情がなくなればいいのになんて、とんでもないよ。

私の感受性、これも道具である。磨けば仲間を守れる頑丈な盾ともなることがわかった。

 

泣き虫の勇者だな。

ありがとう。